その犬の名は、彼女のプライバシーの
ために、伏せておこうと思う。
(ちなみにメス犬)
事件がおきたのは、日曜日の早朝。
私はオットのリハビリ先におり、
オットにお供して、1時間の散歩コースを
回り終えようとしていたところだった。
朝6:30に出発し、約1時間歩き、この角を
左に曲がれば宿泊先に戻って朝ごはん・・・。
片側1車線だけど、大きな道で、歩道も広いので
歩きやすい。
長く続く緩やかな坂道で、私たちはその道を
下っていた。
日曜の朝なので、車の通りはまばらで、通り過ぎる
車は結構なスピードで行き来している。
歩道には、私たち夫婦以外には人影はない。
と、100メートルほど先に、
大きな白い物体が出現した。
ん・・・???
犬だ。大きな犬。名犬ジョリーみたいな。
で・・・あれ?リードも鎖もついてない・・・。
飼い主さんもいない・・・。迷い犬???
と、その犬、車道に出ようとしてる。
ちょうどそこに、1台の小型車がさしかかり、
ぐぐぐっと減速して通り過ぎようとしたとき・・・
あーーーーー。
なんと、その大きい白い犬が、道路に飛び出したのだ。
そう、まるで車に向かってダイブするかのように・・・。
キャンッ!!!!
犬の鳴き声が、静かな朝に響く。
犬は、道路の真ん中に倒れたかと思うと、ヨロヨロと
立ち上がり、歩道に戻ってきて、横たわっている。
停車する車。
一息して・・・
若い女性が車から降りてきた。
犬に駆け寄る女性。
途方に暮れている様子が、ここまで伝わってくる。
その間、私は驚きのあまりオットの腕にしがみついて
いたのだが、こうしちゃおれん、と2人で、
女性と犬のところへ走り寄った。
見ると、車には初心者マーク。
運転者は、20歳前と思しき、かわいい娘さんだ。
片手に携帯電話を握り締め、犬の頭を撫でながら
泣きじゃくっている。
そりゃービックリするよね、あんな大きな犬が
飛び出してきたんだから。
娘さんの背中をさすりながら、
「びっくりしたよね、でも大丈夫よ、
あなたが悪いんじゃないからね、大丈夫、大丈夫」
なんて言ってみる。
ずい分動揺してるな・・・。
優しい、いい娘さんなんだな・・・。
余計なお世話かもしれないけれど、
私たち夫婦は、もし犬の飼い主さんが現れたら
事故の目撃者として、彼女が車をきちんと減速しており、
そこに犬が飛び込んでしまい、彼女としては避けがたい
タイミングであったことを、証言してあげたい気持ちに
なっていた。
何より、犬と娘さんのことが心配だった。
それにしても、犬の飼い主さんが一向に現れない。
首輪はしてるし、野良とは思えぬ風情。
すると、伏せていた犬が、またしてもヨロヨロと
歩き出し坂道を下っていく。
犬と一緒に坂道を下る私たち。
自分の家まで帰ろうとしているのだろうか。
でも、100メートルちょっと行ったところで
犬はまた、歩みを止めて、伏せの姿勢に。
オットが、近くに飼い主さんがいないか、探しに行く。
まだ涙顔の娘さん。
私は犬の頭を撫でながら、
「あんたどこの子?いきなり飛び出してきたりして、
お姉さんがこんなにビックリしちゃったじゃないのよ・・・」
なんて話しかけてみるけど・・・。
もちろん犬は、答えてくれない。
でも、もともと人懐っこい犬のようで、私や娘さんが
撫でると、満足そうに、されるがままになっている。
それとも、身体のとこかが痛くて、反抗する元気もないのか?
結局、飼い主さんは見当たらず、どこの犬か、皆目見当が
つかない。
3人と1匹が、困り果てて座り込んでいたところに
「あ、○○(犬の名前)、どうしたの???」
という声が。
なんとそれは、オットがお世話になっている治療院の
奥さんだった。
そう、犬がダイブしたのは、実は治療院の目の前だったのだ。
奥さんは、自分の家の犬の散歩を終えたところとのこと。
で、当の犬。
ヨロヨロと歩いてきて横になって、自分の身体を
くっつけているその塀の家の犬だったのだ!!
『おいおい、自分ん家、そこやーーーん!!』
内心ツッコム私とオット。
すぐに、院長の奥さんが、家の人を呼びに行ってくれた。
あわてて出てきた、その家のお母さんと息子さん。
いわく、毎日散歩に行くご主人が、今朝は早くから
出かけてしまった。
代理で散歩に行くはずのお母さんだったが、いつもより
出るのが遅れていた。
しかも、数日前に犬の鎖を変えたら、どうも外れやすい
らしく、彼女は何度か、「縄抜け」をしてたらしい。
ちなみに、彼女がダイブした場所、道路を渡った先が
お母さんの仕事場で、彼女は、そこにお母さんがいると
思ったのではないか、と・・・。
そんなこんなで、犬のご家族は、運転者である娘さんを
責めるどころか、ひたすら恐縮しておられ、
携帯での連絡を受けた娘さんのお母さんも到着し、
事は丸く収まりそうな雰囲気に。
その間、彼女(犬)は、周囲の人間たちを
愛くるしい瞳でじっと見つめていた。
自分が話題の主人公であることをわかっているようで、
なんというか、まんざらでもない様子。
当事者間の話し合いが始まったところで、
私たち夫婦は、話の輪を離れ、歩き始めた。
すると突如、今までおとなしかった彼女(犬)が
すくっと立ち上がり、私たちを追いかけようとする。
慌てて息子さんが、彼女の首輪をグっと引いたのだが
彼女は、名残惜しそうに、私たちを見送ってくれたのだった。
「今は元気そうだけど、内臓とかなんともないといいね
足がちょっとヨロヨロしてたね。」
「犬もそうだけど、運転してた娘さんが心配だね。」
などと話しながら、私たちは、この朝の長い散歩を
終えたのだった。
部屋に着き、朝ご飯を食べながら、ボソっと
オットが一言。
「ほんと、あなたが来るといろいろ事件が起きるよね・・・」
おいおい、先週は何にもなかったろうに。
でもほんと、長い散歩でした。
(ちなみに、この話にもオマケがあります)